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 寄せ書き 
浅羽通明「午後のこばなし」

著述業・みえない大学本舗主宰
 中学時代のある放課後、級友のN(ほんとにこのイニシャルでした。 他意はないです)が、「突然、星新一を訪ねて弟子にしてくれと頼んでみたらどうだろう?」といった。 断られるに決まってるよと私が応じるとNくんは、「だろうね。 そしたらいってやるんだ。 これだけは意外な結末じゃなかったなって」とオチをつけた。

☆   ★

 ただ一度、星先生宅へ伺ったのはそれから約十年後である。 むろん弟子入りにではない。 「幻想文学」という雑誌のインタヴューに同行させてもらったのだ。 1月の寒い午後だった。 白髪のSF作家は、暖かい応接間で迎えてくれた。

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 濃く充実した約二時間。 話題は多岐に及んだ。 ご自身とまるで違う作風である山田正紀の冒険ファンタジー『宝石泥棒』を絶賛。 これまで日本にあんな小説はなかったよと力説された。 また、かつて若者に人気だったある作家が時代遅れとなりつつあったのを、あの人には子供がなかったから…… と評した。 そして、「僕は娘たちとも話すからチェッカーズだって知っているんだ」と胸を張る。 と思うと、支那志怪小説の不可思議さを仰ぐごとく称える。 日本最初のSF作家の、新しいもの、規格外のものをあらゆる方面へ求めて飽きぬ若々しさがまぶしかった。

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 いわゆる「オープンエンド」の作品について漏らされた言葉も忘れがたい。 ご自身のこの新しい作風について先生は、従来のかっちりとオチがついたショートショートを読み飽きた読者へ向けてあれを書いているといわれたのだ。 すなわち星ショートショートはやはり、初期作品から入ってほしいと。 旧来のマニアも新しい読者もともに忘れないプロ意識。 格好よかった。

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 うれしくなった私は思わず、「いま、星新一を読んだことない日本人はいません。 先生こそ私たちの国民作家ですよ」と訴えた。 すると先生は、「そうかぁ? 中学の頃は読んでくれても、高校生になると皆、筒井康隆のほうが面白いぞとかいいだすじゃないか」と照れるではないか。 たしかに私もNくんも、当時、初期のピークにあった筒井SFを愛読した。 しかしやはり星新一のほうが凄いといい合ったものだ。 この想いは齢を重ねるにつれ、より強くなってゆく。

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 以前から気になっていたことを質問もした。 名作「マイ国家」には、エッセイ「ある日」で就寝前に読まれたと書かれている、無政府主義の歴史の本の影響がありませんか? と。 すると作家は、「そうあの本が元です」と明かして下さった。 的中に気をよくして、その本は『アナキズム思想史』ですか? と重ねて問うと、「そうだったかもしれないが、忘れた」とのことだった。 それから20年後、私は日本の無政府主義について本を書いた。 冒頭の引用句は、「マイ国家」からだった。

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 あの午後、星先生は小話もひとつご披露してくださった。 絶妙な間合い。 考えオチのラストを印象づける余韻。 語りは至芸だった。 いまも私は、その先生の息遣いまでをついさっきのように思い出せる。 しかし……。 それがどんな小話だったのか、肝心の内容をなぜか思い出せないのだ。 たしか精神病院ネタで、靴下の色が鍵で…… 考えオチ……。 ここまで出てくるのに。
 どなたかそんなこばなしに心当たりある方がいらしたら、ご教示下さらないだろうか? それともこれはずっと思い出さないほうがよい何かなのだろうか?


2013年8月

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